東京都大田区久が原にある都立雪谷高校は、1913年に開校した歴史の長い都立高校です。
野球部は2003年の夏に甲子園へ出場しており、東京の公立高校を代表する存在の一つになります。
都立の高校としては国立と城東に次ぐ3校目の甲子園出場という、貴重な記録なのでした。
2026年の夏も東東京大会で4回戦まで勝ち進み、シードの東亜学園に5対9で敗れました。
新チームには夏のベンチ入りから5人が残り、若い顔ぶれで秋の戦いに臨むことになります。
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都立雪谷高校野球部の2026年秋の戦力総評
新チームは夏のベンチ入りメンバーのうち、5人が新しい学年へ進むことになりました。
最速148キロの右腕である松岡史穏が抜けるため、マウンドは大きく姿を変えることになります。
それでも正捕手の竹村耕紀と、3回戦で登板した玉水蓮が残ることは心強い材料なのでした。
| 項目 | 内容 |
| 所在地 | 東京都大田区久が原一丁目 |
| 設置区分 | 東京都立 |
| 2026年夏の成績 | 東東京大会4回戦敗退 |
| 2025年秋の成績 | 一次予選のブロック決勝で敗退 |
| 甲子園出場 | 夏1回(2003年) |
| 創立 | 1913年 |
| 創部 | 1953年 |
| 監督 | 西山翔 |
| 回戦 | 対戦相手 |
| 2回戦 | 都立大島 |
| 3回戦 | 北里順天 |
| 4回戦 | 東亜学園 |
2026年夏の戦いを振り返る
夏の東東京大会は2回戦からの登場で、7月12日に神宮球場で都立大島と対戦しました。
4回に7点、5回にも7点を奪う猛攻を見せ、17対1という大差で初戦を突破しています。
7月15日の3回戦では駒沢の球場で北里順天と顔を合わせ、8対1の7回コールドで下したのでした。
4回表に1点を先制されながら、その裏に打者10人の猛攻で一挙5点を奪い返しました。
6回裏にも3番の大山瑛太の適時三塁打などで3点を加え、点差を広げていったのでした。
7月18日の4回戦は東亜学園が相手で、1回表に3点を先制しながら5対9で敗れています。
新チームに残る5人
夏のベンチ入りメンバーの大半は3年生で、その多くがチームを離れることになりました。
残るのは背番号2の竹村耕紀と背番号4の濱田純平、それに背番号18の森玖堂の3人です。
さらに背番号20の玉水蓮と、1年生ながらベンチ入りを果たした桑原壮真が加わるのでした。
竹村耕紀は上馬シニア野球クラブの出身で、2年生ながら正捕手の座を任されていました。
濱田純平は東京サニーズで育った右投げ左打ちの内野手で、背番号4を背負っていたのでした。
玉水蓮はグランフレールの出身で、3回戦では先発の副島隆太の後を継いでマウンドに立ちました。
東東京での立ち位置
東東京は関東第一や二松学舎大付といった私学が中心となる、全国でも屈指の激戦区です。
そのなかで雪谷は、都立の高校でありながら長く上位に食い込み続けてきた存在になります。
2003年には東東京を制して甲子園へ進み、2009年の夏には準優勝を果たしたのでした。
2025年の夏も5回戦まで勝ち上がっており、岩倉に7対8という1点差で敗れています。
2026年の夏はその一つ手前となる4回戦で、シード校の東亜学園に屈することになりました。
私学の厚い壁を越えるところまで、あと少しの位置にいることは間違いないといえるでしょう。
\最速148キロのエース/
都立雪谷高校野球部の2026年秋の投手陣を徹底分析
夏の雪谷は最速148キロを誇る松岡史穏を軸に、複数の投手で戦う形をつくっていました。
その松岡が3年生として抜けるため、秋のマウンドは大きく姿を変えることになります。
唯一残る投手の玉水蓮が、新しい柱としてどこまで成長できるかが焦点になるのでした。
卒業する148キロ右腕の松岡史穏
松岡史穏は川崎中央リトルシニアの出身で、184センチ85キロの右投げ右打ちの投手です。
背番号1を背負い、最速148キロという東京でも屈指の速球を投げ込んでいたのでした。
夏の2回戦では都立大島を相手に登板し、1回を無安打に抑えて2つの三振を奪っています。
3回戦ではあえて起用されず、監督の判断によって次の試合へ向けて温存されたのでした。
4回戦では先発のマウンドに立ちましたが、東亜学園の強力な打線を止め切れませんでした。
この大黒柱を失うということが、秋の雪谷にとって何よりも大きな課題になっていきました。
複数の投手で戦う形
西山翔監督は、夏の大会は1人の投手だけでは勝ち抜けないという考え方を持っています。
そのため夏の大会に入る前から、松岡以外の投手にも実戦の経験を積ませてきたのでした。
3回戦では副島隆太が先発を任され、120キロ台の直球とスライダーを投げ分けました。
その後を玉水蓮が受け継ぎ、2人の継投によって北里順天を1失点にしのぎ切ったのでした。
西山監督も、副島は変化球が良い投手で今日も丁寧に投げてくれたと力投をたたえました。
松岡を投げさせずに勝てたことが非常に大きいと、指揮官は手応えを口にしたのでした。
新エース候補の玉水蓮
玉水蓮はグランフレールで育った、右投げ右打ちの投手として背番号20を背負いました。
2年生ながら夏のベンチ入りを果たし、3回戦では大事な場面でマウンドを託されています。
副島隆太の後を継いで最後の1回を投げ、7回コールドの勝利を締めくくったのでした。
夏のベンチに入っていた投手のなかで、新チームに残るのはこの右腕ひとりだけになります。
松岡史穏という絶対的な存在が抜けた秋は、玉水の双肩に大きな期待がかかるでしょう。
経験を積んだ捕手の竹村耕紀と組めることも、この投手にとっては大きな支えになります。
\エースのドラフト評価は?/
都立雪谷高校野球部の2026年秋の野手陣を徹底分析
夏の打線を引っ張った大山瑛太や鈴木知生は、いずれも3年生としてチームを離れていきます。
野手として残るのは竹村耕紀と濱田純平、それに森玖堂を加えた3人だけという顔ぶれでした。
秋は数少ない経験者を軸にしながら、新しい打線を一から組み立てていくことになるでしょう。
| 選手 | 新学年 |
| 竹村耕紀 | 新3年 |
| 濱田純平 | 新3年 |
| 森玖堂 | 新3年 |
| 玉水蓮 | 新3年 |
| 桑原壮真 | 新2年 |
正捕手として残る竹村耕紀
竹村耕紀は上馬シニア野球クラブで育ち、右投げ右打ちの捕手として背番号2を背負いました。
2年生でありながら正捕手の座を任され、夏の3試合すべてでマスクをかぶっています。
148キロの松岡史穏から120キロ台の副島隆太まで、球質の違う投手を受け続けたのでした。
複数の投手をつないで戦うチームにおいて、捕手が積み重ねた経験の価値は計り知れません。
新チームでも扇の要として、若い投手陣を引っ張っていく大きな役割を担うことになります。
経験の浅い投手が並ぶ秋こそ、この捕手の存在感はいっそう増していくことになるでしょう。
卒業する打線の中心
3番を打った大山瑛太は品川区立荏原第一中の出身で、内野の中心を担い続けていました。
3回戦では3安打と大当たりし、6回裏には3点を呼び込む適時三塁打を放ったのでした。
西山翔監督も、彼が攻守の中心で守備でもチームを統率してくれると信頼を寄せています。
大山自身も、失策が出たときこそ大きな声をかけるようにしていると試合後に語りました。
1番を打った鈴木知生は江東リトルシニアの出身で、外野の守りも同時に任されていたのでした。
田中兼三や牧野哲綸、八幡快知といった内野の面々も、そろってチームを離れていきます。
新しい打線を組み直す秋
打線の中心がまるごと入れ替わるため、秋は得点力を一から積み上げることになります。
2027年の登録人数は19人となり、夏の33人からは大きく数を減らしていました。
限られた人数だからこそ、一人ひとりに回ってくる出番は確実に増えていくことになるのでした。
夏のベンチには入らなかった選手のなかにも、武内政宗や島田湊の名前が挙がっています。
稲津圭汰や山田真平、作山大河といった選手も新チームの登録メンバーに名を連ねています。
この顔ぶれがどこまで力をつけていけるかが、秋の雪谷の行方を占う鍵になっていくでしょう。
\エースの成績をグラフで!/
\注目選手の実力は?/
都立雪谷高校野球部の2026年秋の大会展望
秋季東京都大会は一次予選から始まり、そこを勝ち上がった学校だけが本大会へ進みます。
雪谷の初戦は9月12日に組まれており、専大付との一戦から秋の戦いが幕を開けるのでした。
東京は秋だけ東西に分かれることなく、一つのトーナメントで頂点を争う仕組みになっています。
秋季東京都大会の一次予選
一次予選はブロックごとに行われ、雪谷は第21から第24までのブロックに入りました。
初戦は9月12日の午前11時30分からで、対戦する相手は専大付に決まっています。
この一戦を突破することができれば、ブロックの上位を目指す戦いが続いていくのでした。
昨秋の一次予選では、都立小平南を10対3で下してブロックの決勝まで勝ち上がりました。
ところがその決勝で淑徳に2対6と敗れ、本大会への道が閉ざされてしまったのでした。
新チームにとっては、まずこの一次予選の壁を越えることが、最初の目標になっていくでしょう。
本大会と明治神宮大会への道
秋季東京都大会を制した学校は、そのまま秋の明治神宮大会への出場権を手にすることになります。
東京は関東とは別に一つの枠を持つため、都大会の優勝には大きな価値があるのでした。
翌春のセンバツでは、関東と東京の両地区にあわせて6つの出場枠が用意されています。
そのうち東京から選ばれるのはおおむね1校か2校で、狭き門であることは変わりません。
雪谷にとっては、まず一次予選を勝ち抜けて本大会の舞台に立つことが目標になるでしょう。
都立の高校が本大会で勝ち上がっていく姿は、東京の高校野球を大いに沸かせるはずです。
目標は昨秋を超えること
昨秋の雪谷はブロックの決勝まで勝ち進みながら、淑徳に2対6と競り負けてしまいました。
2026年の春も一次予選の1回戦で明治学院東村山に5対12と敗れているのでした。
秋と春に味わった悔しさを、夏の4回戦進出という結果で少しずつ晴らしてきた形になります。
新チームにとっては、その一次予選の壁を越えることが分かりやすい目標になるのでした。
部が長く掲げてきたスローガンは、赤い旋風、再びというきわめて力強い言葉になっています。
2003年に東東京を沸かせた記憶が、いまも部の目標として受け継がれているのでした。
| 項目 | 内容 |
| 大会名 | 秋季東京都大会 一次予選 |
| ブロック | 第21から第24ブロック |
| 1回戦の日程 | 9月12日午前11時30分 |
| 1回戦の相手 | 専大付 |
| 本大会 | 一次予選を勝ち抜いた学校が出場 |
\スカウト評価と指名予想は?/
都立雪谷高校野球部の2026年秋の注目選手
ここからは新チームの中心になりそうな5人の選手について、一人ずつ順に紹介していきます。
玉水蓮(新3年・投手)
グランフレールで育った右投げ右打ちの投手で、夏の大会では背番号20を背負っていました。
2年生ながらベンチ入りを果たし、7月15日の3回戦では最後の1回を任されています。
先発した副島隆太の後を受け、7回コールドという勝利をきっちり締めくくったのでした。
夏の大会で投げた投手のうち、新チームに残るのはこの右腕ただ一人ということになります。
最速148キロの松岡史穏が抜けた秋は、新しい柱として大きな期待を集めていくでしょう。
竹村耕紀(新3年・捕手)
上馬シニア野球クラブの出身で、右投げ右打ちの捕手として夏は背番号2を背負いました。
2年生ながら正捕手の座を任され、夏の3つの試合ですべてマスクをかぶり続けています。
球速も球質もまるで違う投手たちを受け続け、リードの引き出しを増やしてきたのでした。
投手陣が大きく入れ替わる秋は、この捕手の一つ一つの判断がチームの命綱になっていきます。
玉水蓮と組むことになるバッテリーは、新しい雪谷の中心として機能していくでしょう。
濱田純平(新3年・内野手)
東京サニーズで育った右投げ左打ちの内野手で、夏の大会では背番号4を背負っていました。
2年生でありながら一桁の背番号を与えられており、内野の一角を任されてきたのでした。
17対1で快勝した2回戦や、8対1で下した3回戦の舞台も、すでに経験しています。
内野の中心を担ってきた3年生が抜けるため、秋は守りの要を任される立場になります。
左打者としての打撃も、新しく組み直す打線のなかで大きな武器になっていくでしょう。
森玖堂(新3年・外野手)
夏の大会では背番号18を背負い、2年生ながらベンチ入りを果たした外野手になります。
鈴木知生や渡邉優作といった3年生の外野陣が抜けることで、出番は一気に増えていきます。
外野の広い守備範囲を任される役割は、守りから試合をつくるチームには欠かせません。
夏の3つの試合を間近で見てきた経験は、秋の戦いできっと生きてくることになるでしょう。
新しく組み直す打線のなかで、どの打順を任されることになるのかにも注目が集まります。
桑原壮真(新2年)
2026年の夏には1年生ながらベンチ入りを果たし、背番号12という番号を与えられました。
夏のベンチ入りメンバーのなかで、ただ一人だけの1年生という珍しい立場だったのでした。
神宮球場や駒沢の球場で戦うという舞台を、早い時期から肌で感じてきたことになります。
新チームでは新2年生となり、上級生を追いかける立場で秋を迎えることになりました。
早くから経験を積んできた選手だけに、これからの伸びしろには大きな期待がかかるでしょう。
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東京都立雪谷高等学校の基本情報
雪谷高校は東京都大田区の久が原一丁目に校舎を構える、東京都立の高等学校になります。
全日制の普通科だけを置いている学校であり、野球部は1953年に創部されたのでした。
| 項目 | 内容 |
| 正式名称 | 東京都立雪谷高等学校 |
| 所在地 | 東京都大田区久が原一丁目 |
| 創立 | 1913年 |
| 学科 | 全日制の普通科 |
| 創部 | 1953年 |
| 甲子園出場 | 夏1回(通算0勝1敗) |
| 主なOB | 鈴木優 |
学校の沿革と特色
学校の歩みは1913年に始まっており、当初は女子実業補習学校として開かれました。
1941年には新しい校舎へ移りましたが、1945年の東京大空襲で全焼しています。
戦後の1948年に新制の高等学校となり、翌1949年から男女共学が始まったのでした。
2021年の3月には、73年もの長きにわたって続いた定時制の課程が幕を下ろしました。
チアリーディング部が全国大会で上位に入るなど、部活動の盛んな学校でもあったのでした。
硬式野球部は赤い旋風、再びというスローガンを掲げ、日々の練習に取り組んできました。
2003年の甲子園と主なOB
雪谷が甲子園の土を踏んだのは、2003年の夏に開かれた第85回大会の一度だけです。
都立の高校としては国立と城東に次ぐ3校目の出場となり、東京中の大きな話題を集めました。
甲子園の1回戦では大阪のPL学園と対戦し、1対13という結果に終わったのでした。
2009年の夏には東東京大会で準優勝を果たし、あと一歩まで甲子園に迫っています。
プロ野球へ進んだOBのなかには、2014年にオリックスへ入団した鈴木優の名前があります。
鈴木はその後に巨人でも投げ、2018年には国際大会の日本代表にも選ばれているのでした。
\数字で見るエースの実力/
都立雪谷高校野球部に関するよくある質問
都立雪谷高校野球部の2026年夏の成績は
全国高校野球選手権東東京大会では4回戦まで勝ち進みましたが、東亜学園に5対9で敗れました。
2回戦では都立大島に17対1、3回戦では北里順天に8対1という快勝を重ねています。
都立雪谷高校は甲子園に出場したことがありますか
2003年の夏に第85回全国高校野球選手権大会へ出場したという実績が残っています。
1回戦でPL学園に1対13と敗れており、春夏を通じた通算成績は0勝1敗になりました。
新チームには何人の選手が残りますか
夏のベンチ入りメンバーのうち、新チームに残るのはわずかに5人という顔ぶれになります。
竹村耕紀と濱田純平、森玖堂、玉水蓮、それに桑原壮真が新しいチームの戦力になりました。
2026年秋の初戦はいつ行われますか
秋季東京都大会の一次予選が9月12日に組まれており、専大付と対戦することになります。
試合が始まるのは午前11時30分で、雪谷は第21から第24のブロックに入りました。
都立雪谷高校の監督はどんな人ですか
西山翔監督が指揮を執っており、複数の投手を育てるという方針をはっきり掲げています。
夏は1人の投手だけでは勝ち抜けないという言葉を、実際の采配のなかでも示したのでした。
\ドラフト候補を先取り!/
都立雪谷高校野球部の2026年秋のまとめ
2026年の夏に東東京で4回戦まで勝ち進んだ雪谷は、5人の選手を残して秋を迎えました。
最速148キロの松岡史穏が抜けるため、マウンドは玉水蓮を軸に組み直すことになります。
正捕手の竹村耕紀が残ることは、若い投手を育てていくうえで大きな支えになるでしょう。
秋の初戦は9月12日で、一次予選の1回戦で専大付と顔を合わせることになるのでした。
2003年の夏を知る都立の雄が、この秋どこまで勝ち上がるのかを見守っていきましょう。




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