【2026年秋】柳川高校野球部の戦力分析|新チーム・注目選手

福岡県
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福岡県柳川市にある柳川高校は、1941年に柳河商業学校として生まれた私立の高校です。

テニスの松岡修造やプロ野球の真弓明信を送り出した、スポーツの盛んな学校になります。

野球部の甲子園出場は春夏あわせて16回を数え、福岡県では3番目に多い記録なのでした。

2026年の夏は3回戦で福岡工大城東に0対1と敗れ、まさかの幕切れを味わいました。

その一方で新チームはすでに秋の県大会を戦い始めており、初戦は7対0の快勝で飾っています。

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柳川高校野球部の2026年秋の戦力総評

新チームは夏のスタメンで唯一の下級生だった、捕手の大串啓二を中心に動き出しました。

エース左腕の小坪碧人をはじめ、夏の主力のほとんどが3年生として引退していきます。

それでも秋の県大会では初戦を7対0で制し、幸先のよいスタートを切ることができたのでした。

項目内容
所在地福岡県柳川市本城町125
設置区分私立(学校法人柳商学園)
2026年夏の成績福岡大会3回戦敗退
2026年秋の状況県大会2回戦を突破して3回戦へ
甲子園出場春8回・夏8回(通算16回)
最高成績2000年の春と夏のベスト8
創部1946年
監督御所豊治
回戦対戦相手
2回戦久留米高専
3回戦福岡工大城東

2026年夏の戦いを振り返る

夏の福岡大会は2回戦からの登場で、7月9日に今津運動公園野球場で久留米高専と対戦しました。

1回に2点、2回に5点、3回に3点を重ね、10対0の5回コールドで初戦を突破しています。

マウンドは小坪碧人が一人で守り、久留米高専に得点を与えないまま試合を終えたのでした。

続く3回戦は7月13日、久留米市野球場で福岡工大城東と顔を合わせることになりました。

両校の投手が譲らずに0対0のまま進み、試合は9回裏まで決着がつかなかったのでした。

そして2死二塁三塁の場面で1点が入り、0対1という最少得点差で夏が終わりました。

新チームはすでに秋を戦っている

福岡の秋は8月28日に開幕し、10月12日までという長い日程で争われることになります。

柳川は8月29日の2回戦から登場し、今津運動公園野球場で浮羽究真館と対戦しました。

結果は7対0という完封勝ちで、新チームは公式戦の初戦を危なげなくものにしたのでした。

続く3回戦は9月18日に組まれ、久留米市野球場で西日本短大付と顔を合わせることになります。

相手は1992年の夏に全国制覇を果たした西日本短大付で、福岡を代表する私学になります。

夏に敗れた悔しさを晴らすための戦いは、すでに目の前まで近づいてきているのでした。

福岡での立ち位置

福岡は100校を超える学校がひしめく、全国でも屈指の激戦区として知られています。

夏の大会はパート制で行われ、各ブロックを勝ち抜いた学校だけが県のベスト8に進みます。

2026年の夏は九州国際大付がベスト4に入るなど、私学が上位を占める展開になったのでした。

柳川はその激戦区で長く戦ってきた伝統校であり、甲子園には16回の出場を誇っています。

ただし直近の出場は2003年の春で、そこから23年にわたって遠ざかっているのでした。

名門と呼ばれた時代を取り戻すことが、いまのチームに与えられた大きな課題でしょう。

\最速147キロの左腕/

柳川高校野球部の2026年秋の投手陣を徹底分析

夏の柳川は、左腕の小坪碧人がほぼ一人でマウンドを守り抜くチームになっていました。

その小坪が3年生として抜けるため、秋は投手陣を一から組み立て直すことになります。

8月29日の秋の初戦を完封で飾ったことは、新しい投手陣にとって明るい材料でした。

卒業するエース左腕の小坪碧人

小坪碧人は福岡県久留米市の出身で、183センチ85キロの左投げ左打ちの投手です。

福岡広川リトルシニアと小郡広川リトルシニアで腕を磨き、柳川の門をたたいたのでした。

得意にしているのはカットボールとカーブで、その2つを軸に的を絞らせない投球を見せます。

夏の2回戦では久留米高専を相手に、一人で投げ切って相手に得点を許しませんでした。

3回戦でも8回まで散発の5安打に抑え込み、9つもの三振を積み上げていったのでした。

7回には自己最速となる147キロを計測し、プロの世界へ進む意志も口にしています。

サヨナラ暴投で終わった夏

3回戦の福岡工大城東戦は、両校の投手が譲らないまま9回裏を迎えることになりました。

小坪は初回に先頭から5者連続で三振を奪い、5回までに7つの三振を積み上げています。

ところが9回裏の2死二塁三塁という場面で、120球目が捕手のミットをそれたのでした。

打たれたわけではなく暴投で三塁走者が生還し、0対1という形で試合の幕が下りました。

御所豊治監督は、頑張ったので勝たせてあげたかったと、悔しがる教え子を静かにねぎらったのでした。

小坪自身も、三振を狙いにいって力が入ってしまったと試合後に悔しさを口にしていました。

秋のマウンドを誰が担うか

夏に投げた投手が実質的に小坪一人だっただけに、秋の顔ぶれは大きく入れ替わることになります。

それでも8月29日の浮羽究真館戦では、新しい投手陣が7対0の完封を成し遂げました。

相手に1点も与えなかった事実は、秋を戦ううえで何よりも大きな自信になるのでした。

誰が背番号1を背負うことになるのかは、9月18日の3回戦あたりで見えてくるでしょう。

全国から選手が集まる私学だけに、下級生のなかから新しい柱が現れる可能性はあります。

小坪という絶対的な存在を失った秋こそ、チームの層の厚さが問われる戦いになりました。

\左腕のドラフト評価は?/

柳川高校野球部の2026年秋の野手陣を徹底分析

夏のスタメンに名を連ねた選手のうち、新チームに残るのは捕手の大串啓二だけになります。

4番を打った時田大夢や2番の吉村磨和など、打線の中心はそろって卒業していくのでした。

秋は大串啓二を軸にしながら、下級生が一気に主力へと食い込んでいく形になるでしょう。

選手学年
大串啓二新3年
小坪碧人3年
時田大夢3年
吉村磨和3年
安徳球児3年
伊藤祥3年
鳴神京助3年

唯一残った大串啓二

大串啓二はヤング筑紫野ドリームズの出身で、2年生ながら夏の3番を任された捕手です。

小学生のころはヤング筑前夢野球倶楽部でプレーし、早くから硬式のボールに触れてきました。

7月9日の2回戦では右翼から一塁、さらに捕手へと守備を移す起用を受けたのでした。

7月13日の3回戦では3番捕手として先発し、小坪碧人とバッテリーを組んでいます。

147キロの直球を受け続けた経験は、新チームでも大きな財産になっていくでしょう。

秋の柳川は、経験を積んだこの捕手を中心に据えて守りを組み立てていくことになりました。

夏の打線と卒業する主力

夏の柳川は2回戦で10点を奪い、5回コールドという圧倒的な内容で勝ち上がりました。

4番を打った時田大夢はフレッシュ熊本菊池の出身で、三塁の守備も任されていたのでした。

2番の吉村磨和と6番の安徳球児は、ともに久留米フューチャースターズで育った選手です。

一塁と捕手を兼ねた伊藤祥は久留米ペトリオッズ、右翼の鳴神京助は柳川有明ボーイズの出身でした。

遊撃を守っていた梅崎大翔も含めて、この顔ぶれがそろってチームを離れることになります。

3回戦では福岡工大城東の投手陣に抑え込まれ、無得点のまま夏を終えることになったのでした。

新しい打線を組み直す秋

打線の中心がまるごと入れ替わるため、秋は得点力を一から積み上げることになります。

それでも8月29日の秋の初戦では7点を奪い、新しい打線がしっかり力を示す形になりました。

2027年の登録人数は29人で、夏の44人からは大きく数を減らしているのでした。

少数精鋭となった分だけ、一人ひとりに与えられる出番は確実に増えていくことになるでしょう。

柳川は九州の各県にあるクラブチームから選手が数多く集まる学校としても知られています。

集まってくる選手の層の厚さこそが、新しい打線を組み立てるうえでの支えになりました。

\左腕の成績をグラフで!/

\注目選手の実力は?/

柳川高校野球部の2026年秋の大会展望

秋の福岡県大会は8月28日に始まり、10月12日まで続く長い日程が組まれています。

柳川はすでに2回戦を突破し、9月18日の3回戦で西日本短大付と対戦することになりました。

この県大会を勝ち上がっていけば、その先には秋季九州大会への切符が待っているのでした。

秋季福岡県大会の日程

第159回となる九州地区高等学校野球の福岡県大会は、8月28日に開幕を迎えました。

柳川の初戦は8月29日の2回戦で、福岡市の今津運動公園野球場が舞台になっています。

浮羽究真館を7対0で下し、新チームは最初の関門を難なく突破することになったのでした。

続く3回戦は9月18日の午前10時から、久留米市野球場で行われることになります。

相手の西日本短大付は1992年の夏に全国制覇を果たした、福岡を代表する私学でした。

この一戦を越えられるかどうかが、柳川の秋の行方を大きく左右することになるでしょう。

秋季九州大会とセンバツへの道

福岡県大会で上位に入った学校は、秋季九州大会への出場権を手にすることになります。

各県から2校ずつが集まり、16のチームで九州の頂点を争う仕組みになっているのでした。

2026年の秋季九州大会は熊本県が会場で、10月24日から31日まで行われます。

この大会での成績が、翌春のセンバツを選ぶときのもっとも重要な判断材料として扱われるのでした。

九州地区には4つという多めの出場枠が用意され、他の地区よりも門は広くなっています。

柳川にとっては、まず県大会でどこまで勝ち上がれるかが、最初の大きな関門になるでしょう。

23年ぶりの甲子園を目指して

柳川が最後に甲子園の土を踏んだのは、2003年の春に開かれた選抜大会になります。

その大会では1回戦で1対2と競り負け、あと一歩のところで白星を取り逃がしたのでした。

2000年には春と夏の両方でベスト8まで進み、全国にその名をとどろかせています。

夏の甲子園では1991年にもベスト8に入り、九州の強豪として恐れられていました。

あれから20年以上が過ぎ、いまは福岡の上位に食い込むところから始める段階でした。

秋の県大会でどこまで勝ち進めるかが、名門の復活へ向けた第一歩になっていくでしょう。

項目内容
大会名第159回九州地区高等学校野球 福岡県大会
開催期間8月28日から10月12日
2回戦8月29日 ○7対0 浮羽究真館
3回戦9月18日午前10時 対西日本短大付
会場久留米市野球場

\スカウト評価と指名予想は?/

柳川高校野球部の2026年秋の注目選手

ここでは2026年の夏を戦った主力と、新チームの中心になる選手を紹介していきます。

小坪碧人(3年・投手)

福岡県久留米市で生まれ育った、183センチ85キロの左投げ左打ちの投手になります。

カットボールとカーブを武器にしながら、直球でも147キロを計測する本格派でした。

夏の2回戦では久留米高専を一人で抑え、5回コールドの完封勝ちを呼び込んでいます。

3回戦でも8回まで5安打9奪三振と力投しましたが、勝ち星には手が届きませんでした。

高校を卒業したあとはプロの世界へ進む意志を、試合のあとにはっきりと語っていました。

大串啓二(新3年・捕手)

ヤング筑前夢野球倶楽部からヤング筑紫野ドリームズへ進み、柳川へ入学した捕手です。

2年生ながら夏の大会で3番を任され、打線の中心として起用され続けてきたのでした。

2回戦では右翼と一塁、さらに捕手までこなす起用を受けており、その器用さも見せています。

3回戦では小坪碧人とバッテリーを組み、147キロの直球を受け続けていたのでした。

夏のスタメンでただ一人残る選手として、秋は新しいチームの柱を担っていくことになります。

時田大夢(3年・内野手)

熊本のフレッシュ熊本菊池で育ち、柳川では三塁の守りを任され続けてきた内野手になります。

夏の2回戦と3回戦ではいずれも4番に座り、打線の中心という役割を担っていたのでした。

2回戦では10点を奪う猛攻の一翼を担い、5回コールドでの勝利に大きく貢献しています。

3回戦では相手投手に抑え込まれ、0対1という悔しい形で夏を終えることになりました。

三塁という守りの要を任される選手は、新チームでも新たに探していくことになるでしょう。

吉村磨和(3年・外野手)

久留米フューチャースターズの出身で、夏の大会では2番打者として中堅を守っていました。

3回戦では中堅から右翼へと守備位置を移し、複数のポジションを難なくこなしています。

上位打線で走者をためる役目を担い、チームの得点を生み出す起点になっていたのでした。

同じクラブの出身である安徳球児とともに、久留米で育った選手たちが打線を支えていました。

この2人が抜けることで、秋の上位打線はまったく新しい顔ぶれで組み直すことになります。

金子大粋(新2年)

地元の柳川有明ボーイズで育ち、2026年に柳川へ入学した1年生の選手になります。

新チームでは新2年生となり、これから出番を確実に増やしていく立場に立つことになったのでした。

同じ学年には塩田誇晃や小柳魁惟斗、高口裕成、井上煌太といった顔ぶれがそろっています。

小柳と高口はポニー柳川ボーイズ、井上はヤング北九州ホープスで腕を磨いてきたのでした。

主力が大きく入れ替わる秋は、この学年に出番が回ってくる場面が増えていくでしょう。

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柳川高等学校の基本情報

柳川高校は福岡県柳川市の本城町に校舎を構えている、学校法人柳商学園の私立高校です。

普通科のほかに情報科と商業科、国際科を置いている、学びの幅が広い学校になっています。

項目内容
正式名称柳川高等学校
所在地福岡県柳川市本城町125
創立1941年(柳河商業学校として)
学科普通科・情報科・商業科・国際科
創部1946年
甲子園出場春8回・夏8回(通算13勝16敗)
主なOB真弓明信・香月良太・林威助

学校の沿革と特色

学校の歩みは1941年に始まり、福岡県柳河商業学校として設置が認められることになりました。

戦時中の1944年には柳河工業学校となり、戦後の1946年に商業学校へ戻っています。

現在の柳川高等学校という校名に改められたのは、1980年になってからのことでした。

校訓には啐啄同時という言葉が掲げられ、学ぶ側と教える側の呼吸を大切にしています。

テニス部は全国選抜大会の常連として知られ、松岡修造を送り出した部としても有名でした。

柔道部も金鷲旗大会で複数回の優勝を飾り、スポーツの強豪校として名を知られています。

甲子園の実績と主なOB

甲子園には春に8回、夏に8回の出場があり、通算では16回を数えることになります。

この出場回数は福岡県内で3番目に多く、県を代表する伝統校であることをよく示しています。

春夏を通じた通算成績は13勝16敗で、夏に限れば10勝8敗と勝ち越しているのでした。

最高成績は2000年の春と夏に記録したベスト8で、夏は1991年にも8強に入りました。

プロ野球へ進んだOBのなかには、阪神で監督も務めた真弓明信の名前が挙がっています。

近鉄や巨人で投げた香月良太、そして阪神から台湾へ渡った林威助もこの学校の出身でした。

\数字で見る左腕の実力/

柳川高校野球部に関するよくある質問

柳川高校野球部の2026年夏の成績は

全国高校野球選手権福岡大会では3回戦まで進み、福岡工大城東に0対1で敗れました。

2回戦では久留米高専を10対0の5回コールドで下しており、初戦を快勝で飾っています。

柳川高校は甲子園に何回出場していますか

春の選抜に8回、夏の選手権に8回の出場があり、通算では16回を数えることになります。

最高成績は2000年の春と夏に記録したベスト8で、直近の出場は2003年の春でした。

2026年秋の大会はどこまで進んでいますか

8月29日の2回戦で浮羽究真館を7対0と下し、3回戦へ駒を進めることになりました。

3回戦は9月18日の午前10時から、久留米市野球場で西日本短大付と対戦することになります。

柳川高校の監督はどんな人ですか

御所豊治監督が指揮を執り、夏の3回戦のあとには小坪碧人をねぎらう言葉を残しました。

選手を前向きに送り出そうとする姿勢が、負けた直後の一言からも伝わってきたのでした。

柳川高校の出身プロ野球選手は誰ですか

代表的なOBは、阪神で選手としても監督としても知られる真弓明信という存在になります。

ほかにも香月良太や香月良仁、林威助、田中瑞季、柿木映二といった選手を送り出しています。

\ドラフト候補を先取り!/

柳川高校野球部の2026年秋のまとめ

2026年の夏を3回戦で終えた柳川は、捕手の大串啓二を軸に秋を戦うことになりました。

エース左腕の小坪碧人が抜けるため、投手陣はまったくの一から組み立て直すことになります。

それでも8月29日の秋の初戦は7対0の完封で、新チームは好発進を切ったのでした。

9月18日の3回戦では、1992年の夏に全国を制した西日本短大付と顔を合わせることになります。

23年も遠ざかっている甲子園へ、柳川がどこまで近づいていけるのかを見守っていきましょう。

ドラフト候補研究所|全国のドラフト候補を徹底分析

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