三重県多気郡大台町にある昴学園高校は、原則として全寮制をとる県立の総合学科高校になります。
野球部は2026年の春に三重県大会で初優勝を飾り、学校の歴史を大きく塗り替えたのでした。
ところが夏はシード校として臨みながら、2回戦で宇治山田商に2対3と敗れています。
延長10回のタイブレークで力尽き、初戦敗退という形で夏の戦いは終わったのでした。
それでも8月に行われた地区予選を勝ち抜き、秋の県大会でもシード権を手にしています。
\全国の逸材が勢ぞろい!/
昴学園高校野球部の2026年秋の戦力総評
新チームは夏のベンチ入り20人のうち5人が残り、主力の大半が入れ替わることになりました。
投手は4人が全員3年生で卒業するため、マウンドは一から組み直す作業から始まります。
それでも8月の地区予選では新しい顔ぶれが機能し、シード権をつかみ取ったのでした。
| 項目 | 内容 |
| 所在地 | 三重県多気郡大台町 |
| 設置区分 | 三重県立(原則全寮制の総合学科) |
| 2026年夏の成績 | 三重大会2回戦敗退 |
| 2026年春の成績 | 三重県大会優勝 |
| 2025年秋の成績 | 三重県大会3回戦敗退 |
| 甲子園出場 | 春夏とも出場なし |
| 部員数 | 3学年でおよそ90人 |
| 大会・回戦 | 対戦相手 |
| 春 県大会決勝 | 津商 |
| 春 東海大会1回戦 | 県岐阜商 |
| 春 東海大会順位決定戦 | 浜松商 |
| 夏 2回戦 | 宇治山田商 |
2026年夏の戦いを振り返る
春の県大会を制した昴学園は、夏の三重大会にシード校として乗り込むことになりました。
初戦となった2回戦で当たったのは、過去に甲子園出場の経験も持つ宇治山田商という難敵でした。
試合は2対2のまま9回を終え、延長10回のタイブレークへともつれ込んでいきます。
10回表を無失点で切り抜けたものの、その裏に1点を奪われてサヨナラ負けを喫しました。
春の三重を制した王者が、夏はわずか1試合を戦っただけで姿を消すという結末になったのでした。
シード校として夏を迎えながら、勝ち星をひとつも積み上げることができませんでした。
シードによって1回戦を免除されていたため、夏に戦ったのはこの1試合だけになりました。
新チームに残る5人
夏のベンチ入り20人の内訳は3年生が15人、2年生が4人、1年生が1人という構成でした。
新チームに残るのは森田悠斗、石川青空、米倉叶夢、伊井優翔、天方大翔の5人になります。
このうち森田が背番号2、石川が背番号5を夏に背負っており、いずれも主力の選手でした。
春の東海大会には桝田大峨、高井大豪、中村優仁という3人の2年生も名を連ねています。
さらに夏のベンチには入らなかった水谷律斗や綿野陽仁、高橋嘉伊といった選手も控えていたのでした。
経験者を広く数えれば十数人となり、90人の部員を抱える層の厚さが支えになります。
シード権を勝ち取った8月
秋の三重県大会に向けた地区予選は、8月にシードを決めるトーナメントとして開かれたのでした。
昴学園は南地区のAゾーンに入り、その決勝で熊野青藍と顔を合わせることになりました。
初回に先制を許しながら、その裏に綿野陽仁の2点適時打で試合をひっくり返しました。
3回には主将を務める石川青空がランニング本塁打を放ち、点差をさらに広げたのでした。
5回にも綿野が左前へ適時打を放ち、最終的に4対2で押し切ってシード権を手にしています。
先発した左腕の水谷律斗がしっかりと試合をつくり、新チームの形が見えた一戦になりました。
\最速145キロの右腕/
昴学園高校野球部の2026年秋の投手陣を徹底分析
夏のベンチに入っていた4人の投手は、全員が3年生でチームを去ることになりました。
145キロの直球を投げたエースの石川大介が抜ける影響は、決して小さくありません。
秋の初戦で先発のマウンドを任された水谷律斗が、新しい投手陣の中心になっていくでしょう。
新エース候補の左腕・水谷律斗
水谷律斗は愛知の木曽川ポニーで腕を磨いてきた選手で、左投げの2年生投手になります。
夏のベンチ入り20人には名前がなく、公式戦での登板経験はまだ多くありませんでした。
ところが新チームでは8月の地区予選の決勝で先発を任され、いきなり大役を果たしています。
熊野青藍を相手にしっかりと試合をつくり、4対2の勝利とシード権獲得を引き寄せました。
左腕という希少な存在であることは、三重の秋を勝ち抜くうえで大きな武器になるでしょう。
石川大介が背負っていた重責を、この2年生がどこまで引き受けられるかが焦点でした。
卒業する4人の投手
エースの石川大介は三重北ボーイズの出身で、178センチ75キロの本格派右腕でした。
最速145キロの直球を武器にしながら、春の県大会での初優勝を投打の中心として支えています。
春の東海大会では県岐阜商を相手に8回を投げ、10個の三振を奪う力投を見せました。
背番号11の新宅修は豊田リトルシニアの出身で、180センチ77キロという体格の右腕でした。
京都リトルシニア出身の西川友翔は、東海大会の浜松商戦で先発のマウンドに立っています。
背番号10の若松快空も含めて、4人がそろって卒業するのは非常に大きな痛手でした。
春の東海大会で見えた課題
春の県大会を制した昴学園は、5月の東海大会へ三重の代表として堂々と乗り込みました。
1回戦の相手は県岐阜商で、柴田蒼亮の前に5安打に抑えられて0対3で敗れています。
石川大介は8回を被安打8にまとめながら、3点を失って白星に手が届きませんでした。
順位決定戦の浜松商戦も0対3で、2試合続けて無得点という厳しい現実を突きつけられました。
前年の11月に開かれたくまのベースボールフェスタでは、東邦や創志学園を相手に4戦全勝を収めています。
全国区の相手とも渡り合える力は確かにあり、あとは大舞台での経験を積み重ねるだけでした。
全国レベルの投手からどうやって点を奪うかが、新チームにも引き継がれた大きな課題になります。
\右腕のドラフト評価は?/
昴学園高校野球部の2026年秋の野手陣を徹底分析
新チームの中心に立つのは、夏に背番号5を背負っていた主将の石川青空という選手になります。
正捕手を務める森田悠斗も残り、扇の要は夏からそのまま引き継がれることになりました。
4番には夏のベンチ外だった綿野陽仁が座り、新しい打線の形が早くも生まれたのでした。
| 選手 | 夏の背番号 |
| 森田悠斗 | 2 |
| 石川青空 | 5 |
| 米倉叶夢 | 13 |
| 伊井優翔 | 14 |
| 天方大翔 | 15 |
主将となった石川青空
石川青空は静岡の裾野リトルシニアで育った、164センチ61キロの内野手になります。
右投げ左打ちで、横浜のプロ球団が運営するベースボールスクールにも通っていました。
2年生だった夏には背番号5をつけており、内野の一角を担う存在として全試合に備えていたのでした。
新チームでは主将という役割を任され、8月の地区予選ではランニング本塁打も放っています。
小柄な体格ながら足が速く、放った打球を長打に変える力も持ち合わせているのでした。
昴学園の秋は、この主将がどこまでチームを引っ張っていけるかにかかっているでしょう。
正捕手の森田悠斗と新戦力
森田悠斗は桜井リトルシニアの出身で、170センチ50キロの右投げ左打ちの捕手です。
2年生だった夏に背番号2を与えられており、春の東海大会でもすでにマスクをかぶっていました。
4番に座る綿野陽仁も同じ桜井リトルシニアの出身で、中学時代からの顔なじみでした。
綿野は8月の地区予選の決勝で2点適時打と左前適時打を放ち、勝利を引き寄せました。
1番に入った高橋嘉伊は、東京の武蔵府中リトルシニアから進んできた2年生の選手でした。
夏の背番号13を背負った米倉叶夢や、背番号14の伊井優翔も新3年生として残ります。
卒業する打線の中心
主将を務めた郁島晴渡は神奈川県横浜市の出身で、横浜瀬谷ボーイズで力をつけてきました。
下剋上球児というドラマを見て昴学園への進学を決めたと語る、まさに象徴的な存在でした。
背番号3の永谷桜我は176センチ90キロの左投げ左打ちで、打線に迫力を与えています。
背番号19の飯田塁空は183センチ84キロと、こちらも恵まれた体格の内野手でした。
大阪箕面ボーイズ出身の山本晄や、四日市南ボーイズ出身の和志武涼一も抜けていきます。
春の初優勝を支えた顔ぶれがそろって卒業し、打線は大きく姿を変えることになりました。
\右腕の成績をグラフで!/
\注目選手の実力は?/
昴学園高校野球部の2026年秋の大会展望
秋季三重県大会は9月12日に開幕し、9月26日の決勝までおよそ2週間の戦いが続いていきます。
昴学園はシード校として2回戦から登場し、初戦で四日市西と対戦することになりました。
上位3校には秋季東海大会への切符が与えられ、そこがひとまずの目標になるのでした。
秋季三重県大会の日程とシード
2026年の秋季三重県大会は、8月の地区予選でシードとなる8校を決めてから始まりました。
シードに選ばれたのは甲子園に出場した三重に加え、津田学園や海星などの計8校でした。
昴学園も南地区のAゾーンを制したことによって、その8校のなかに名前を連ねています。
県大会は9月12日に開幕し、9月21日に準々決勝、9月23日に準決勝が組まれているのでした。
決勝と3位決定戦は9月26日に行われ、およそ2週間で三重の順位が決まっていきます。
昴学園の初戦は9月12日の午前9時からで、2回戦で四日市西と顔を合わせるのでした。
地元開催となる秋季東海大会
秋季三重県大会で上位3校に入ることができれば、秋季東海大会への出場権が与えられます。
2026年の秋季東海大会は三重県が会場となり、10月17日から25日にかけて開かれるのでした。
愛知、岐阜、三重、静岡の4県から代表が集まり、東海の頂点が争われることになります。
春の東海大会では2試合とも無得点に終わっており、そのリベンジも大きなテーマでした。
地元で行われる大会の舞台に再び立てるかどうかが、この秋における最初の関門になっていきます。
センバツと甲子園への道
秋季東海大会での成績は、翌春のセンバツを選ぶ際の重要な判断材料として扱われます。
東海地区に与えられる出場枠は3つで、ベスト4に入れば当落線上に近づいていきます。
昴学園は春夏を通じて甲子園への出場がなく、初出場が長年の悲願になっているのでした。
かつては16年連続で夏の初戦敗退という時期があり、そこから大きく歩みを進めてきました。
春の県大会初優勝という大きな到達点を、この秋にどこまで更新していけるかが問われます。
| 大会・回戦 | 日程 |
| 秋季三重県大会 開幕 | 9月12日 |
| 2回戦・対四日市西 | 9月12日午前9時 |
| 準々決勝 | 9月21日 |
| 準決勝 | 9月23日 |
| 決勝と3位決定戦 | 9月26日 |
\スカウト評価と指名予想は?/
昴学園高校野球部の2026年秋の注目選手
ここからは新チームを担う5人の選手について、それぞれの持ち味を紹介していきます。
石川青空(新3年・内野手)
静岡の裾野リトルシニアで育った、164センチ61キロの右投げ左打ちの内野手になります。
2年生だった夏には背番号5をつけ、内野の一角を担う存在として起用されたのでした。
新チームでは主将に指名され、打順も3番という中軸の位置を任されるようになりました。
8月の地区予選の決勝ではランニング本塁打を放ち、チームの勝利を大きく引き寄せています。
小柄ながら足があり、攻守の両面にわたってチームを動かせる存在になっていくでしょう。
森田悠斗(新3年・捕手)
奈良の桜井リトルシニアで育った選手で、170センチ50キロの右投げ左打ちの捕手になります。
2年生だった夏に背番号2を与えられており、そこから正捕手としてマスクをかぶり続けたのでした。
春の東海大会でも県岐阜商との一戦に出場し、全国レベルの投手と打者を体感しています。
投手陣が総入れ替えとなる秋は、この捕手のリードがこれまで以上に重要な意味を持つのでした。
細身の体をどこまで大きくできるかが、打撃面での伸びしろにつながっていくでしょう。
水谷律斗(新3年・投手)
愛知の木曽川ポニーで腕を磨いてきた選手で、新チームの左腕として期待されています。
夏のベンチ入り20人には入っておらず、そこから一気に序列を上げてきた投手でした。
8月の地区予選の決勝では先発を任され、熊野青藍を相手にしっかりと試合をつくっています。
エースだった石川大介が卒業する秋は、この左腕がマウンドの軸を担うことになるでしょう。
長いイニングをどこまで引き受けられるかが、そのままチームの成績を左右していくのでした。
綿野陽仁(新3年・内野手)
森田悠斗と同じ桜井リトルシニアの出身で、新チームで4番を任される打者になります。
夏のベンチ入り20人には名前がなく、新チームになってから一気に頭角を現してきたのでした。
8月の地区予選の決勝では、初回に遊撃手を強襲する2点適時打で逆転を演出しています。
5回にも左前へ適時打を放ち、この試合で挙げた4点のうち3点に絡む働きを見せました。
中学時代からの相棒である森田とともに、新しい打線の中心を担っていくことになるでしょう。
天方大翔(新2年・外野手)
東京の武蔵府中リトルシニアから進んできた選手で、左投げ左打ちの外野手になります。
170センチ75キロという体格を持ち、1年生ながら夏のベンチ入りを果たしたのでした。
背番号15を与えられており、シード校として臨んだ夏の三重大会の空気も経験しています。
夏のベンチ20人のなかで唯一の1年生であり、その起用から期待の大きさがうかがえるのでした。
2年間という長い時間が残されているだけに、その伸びしろは5人のなかでも際立っています。
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昴学園高校野球部の基本情報
昴学園高校は三重県多気郡大台町に校舎を構える、三重県立の総合学科高校になります。
原則として全寮制をとる形態は全国的にも珍しく、遠方からの入学者が多くを占めていました。
| 項目 | 内容 |
| 正式名称 | 三重県立昴学園高等学校 |
| 所在地 | 三重県多気郡大台町 |
| 創立 | 1949年(野球部の創部は1958年) |
| 学科 | 総合学科(原則全寮制) |
| 監督 | 東拓司 |
| 甲子園出場 | 春夏とも出場なし |
学校の沿革と特色
昴学園高校の創立は1949年で、野球部が生まれたのはその9年後の1958年でした。
原則として全寮制をとる総合学科という形は全国でも珍しく、大きな特色になっています。
かつては廃校の危機がささやかれるほど、生徒数の確保に苦しんだ時期もあったのでした。
野球部の部員は3学年でおよそ90人にのぼり、三重県内でも大きな所帯を築き上げています。
選手の出身地は愛知、静岡、大阪、京都、奈良、東京、神奈川と全国各地に広がりました。
全寮制という環境そのものが、県外から選手を集める大きな後押しになってきたのでした。
監督と甲子園への挑戦
指揮を執る東拓司監督は、2026年の時点で赴任から4年目のシーズンを迎えていました。
前任の白山高校では、10年連続で夏の初戦敗退だった弱小校を甲子園へ導いています。
その実話は下剋上球児という題名で書籍になり、テレビドラマの題材にもなったのでした。
その昴学園もかつては16年続けて夏の三重大会で初戦敗退という苦しい時期を過ごしました。
そこから積み上げた末に、2026年の春には県大会で初めての優勝を成し遂げたのでした。
甲子園への出場は春夏を通じてまだ一度もなく、初出場が学校全体の悲願になりました。
\数字で見る右腕の実力/
昴学園高校野球部に関するよくある質問
昴学園高校野球部の2026年夏の成績は
全国高校野球選手権三重大会ではシード校として2回戦から登場し、初戦で敗れました。
宇治山田商に2対3と延長10回のタイブレークで屈し、大会を去ることになったのでした。
昴学園高校は甲子園に出場したことがありますか
春夏を通じて甲子園への出場はまだ一度もなく、初出場が学校全体の悲願になっています。
学校として最も高い到達点は2026年春の県大会優勝と、それに続く東海大会への出場でした。
新チームには何人の選手が残りますか
夏のベンチ入り20人のうち5人が残り、投手は4人全員が卒業することになりました。
春のベンチや夏のベンチ外の選手まで含めれば、経験のある選手は十数人にのぼるのでした。
2026年秋の初戦はいつ行われますか
秋季三重県大会の2回戦が9月12日の午前9時に組まれ、相手は四日市西に決まりました。
シード校として1回戦を免除され、9月26日の決勝までを戦っていくことになります。
昴学園高校の野球部の監督は誰ですか
東拓司監督が指揮を執っており、2026年の時点で赴任から4年目を迎えていました。
前任の白山高校を甲子園初出場へ導いた実績を持ち、その実話は書籍にもなっています。
\ドラフト候補を先取り!/
昴学園高校野球部の2026年秋のまとめ
2026年の春に三重県大会で初優勝を飾った昴学園は、夏をわずか1試合で終えたのでした。
新チームは夏のベンチ入り20人のうち5人しか残らず、投手は全員が入れ替わります。
それでも8月の地区予選ではAゾーンを制し、県大会のシード権をしっかり手にしています。
主将の石川青空と正捕手の森田悠斗を軸に、左腕の水谷律斗がマウンドを支えるのでした。
9月12日に開幕する秋季三重県大会で、初めての甲子園へと続く道のりを見届けましょう。




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