昭和30年代のパ・リーグは西鉄ライオンズ(現西武ライオンズ)がすごく盛り上がっていた時代でした。
とにかく打線が厚く、主な中心打者として
- 高倉照幸
- 豊田泰光
- 中西太
- 大下弘
- 関口清治
- 田中久寿男
など、打線に隙がない状態でした。
そんな重量打線の西鉄ライオンズですが、チームとしては当時規律が緩く、特に後楽園球場での試合では球場の近くに泊まっていたのでグラウンド以外は各自に任せていたそうです。
野球以外は基本自由に行動できたみたいです!
では具体的にどんなところが自由だったのかを「週刊ベースボール昭和33年5月7日号」を基にご紹介していきます!
西鉄ライオンズの規律
西鉄ライオンズはチームとしての規律が比較的緩く、ベンチの雰囲気も明るく楽しいチームだったといことです。
昭和のイメージとしてはかなり厳しく縛りも強いイメージがありましたが、そうとも限らなかったということですね。
しかしあくまで昭和時代ですので、現代とは時代も変わっています。
もしかすると昭和時代では緩かったものが現代では普通という感覚かもしれないですので、あくまで昭和時代としては緩いという感覚で読んで頂ければと思います。
ではどの部分が規律が緩かったのかを具体的に見ていきましょう!
西鉄ライオンズでの起床時間は各自任せ
プロ野球といえど遠征はチーム行動となるのでスケジュールも管理されそうなイメージがあるかと思います。
グランドの集合時間も決まっていて、朝なるべく早く起きて早めにグラウンドに行くというようなイメージも持ちます。
しかし西鉄の場合は選手の起床時間は各自任せで、例えばデイゲームなのにも関わらず午前11時半にようやく選手全員が揃っていたそうです。
ギリギリまで寝ている選手もいて、遠征先でも試合前のウォーミングアップに間に合えば良いというような雰囲気だったのかもしれません。
選手にとってはストレスなく準備ができます!
西鉄ライオンズは門限なし
プロ野球でも遠征の際は門限を設定している球団が多いですよね。
門限を破った選手には罰金が課せられたりと門限には神経を尖らす選手も多かったと思います。
しかし西鉄ライオンズは、門限はとくに設けていなかったということです!
起床時間も各自であれば、ホテルに戻る時間も各自。
本当に各自任せのチームだったということですね!
それでも西鉄の選手は夜11時頃には帰ってくる
門限がない西鉄ライオンズなので、夜中まで遊び歩く選手も沢山いたのではと思ってしまいますが、ほとんどの選手が夜11時頃には帰ってきていたみたいです。
むしろ門限などの縛りがないので、精神的にもゆとりが持てていたのかもしれませんね!
西鉄ライオンズは試合後フリー
西鉄ライオンズは試合の勝敗に関係なく試合が終わって入浴を済ませたら後はフリーにしていたそうです。
試合後の食事はホテルなどで全員済ますというイメージがありましたが、西鉄は球場を出ればどこで食事しても自由でホテルで食事を摂らず出かける選手もいたとか。
もうグラウンドから離れたら選手はかなり自由に動けるような状態ということで、昭和30年代のイメージとしてはギャップがあります。
西鉄ライオンズの三原監督が伸び伸びできるチームを作った
当時の西鉄ライオンズ監督・三原脩氏は選手の自主性を重んじ、選手個人に任せるといった方針を採っていました。
それはプレーだけではなく、野球以外でも選手各自で行動するといった方針であったからこそ自由な西鉄ライオンズを築きあげていきました。
この方針も相まってか三原監督が西鉄での9年間のうち日本一を3度成し遂げ、三原監督の自主性重視、放任主義が身を結びました。
選手は縛られるよりは自由に自分を試せる環境が一番伸びると私も思っています!
西鉄ライオンズの規律はチームにはまっていた!
本記事でご紹介した西鉄ライオンズのチームの雰囲気ですが、三原監督の個人を尊重したチーム作りが選手を盛り立てました。
良い意味での放任主義で、選手も縛られている感覚がないため個々の長所を最大限に伸ばせることが西鉄の強さだったのかもしれません!
個性的な選手も多く、それは個人を尊重したチームだからこそ個性的な選手を多く生み、結果チーム力の底上げになったと思います!
現西武ライオンズも西鉄を引き継いでいる
現在の西武ライオンズも比較的自由なチームであると個人的に思っています。
例えば、
- 髪型
- プレースタイル
など、個性を尊重したチームであると個人的に見ています。
自主性を尊重することは決して甘やかすということではなく、それだけ結果が求められるということです。
自由の裏腹に結果を残せなければすべて自己責任ということなので、それを自覚している選手としていない選手で大きく差が開くということになります。
しかし、自主性を尊重することで選手自身が考えていくのでチーム力の底力を上げるには適した方法です。
今後も自主性を尊重したチームがアマチュア野球にも人がっていくことを願っています!